一緒に旅をするたびに愛犬との絆が深まっていくのが嬉しくて、愛犬たちと車中泊を続けていた
そんな日々を突然襲った 2011年の東日本大震災。
一人で水汲みや支援物資の受け取りなどしながら生活していたものの、全てのライフラインが停止し、携帯電話の電波も届かなくなった最中に手を差し伸べてくれたのは、犬を通して知り合った友人でした。震災後しばらくガソリンが入手困難だった状況で、山形、秋田を経由して岩手の実家へ避難する手助けをしてくれました。
自宅を出る際、二度とこの家に戻ることが無いかもしれないと覚悟しましたが、私が車に積み込んだのは愛犬たちと思い出の写真データ、そして(途中で何かあっても生活できるようにと)暖房・調理・照明の3役を持つ石油ストーブだけでした。
この子たちは自分が守る…だけどそのために必要な「モノ」ってなに? と厳選した結果、ほとんど何も持たなかったのに我ながら驚いたのを覚えています。この経験で自分にとって本当に必要なものがわかり、価値観もクリアになったのかもしれません。
数週間後、徐々にライフラインが復旧しているときいて自宅に戻って来たのですが、まもなく知ったのが犬猫の保護ボランティアに人手が足りていないという情報でした。幸い我が家の愛犬たちと一緒に生活できていたものの、当時はペットを考慮した公的支援は無いと知っていましたから、そういった場所にこそ経験を生かしてお手伝いできることもあるはずと、早期復旧した高速道路で片道約1時間の距離を毎日通うことにしました。
そこは一緒に避難できなかった犬達を保護するシェルターで、行ってみるとテントの中にバリケンが所狭しと並べられていて、数えきれないほどの犬達が生活していました。ボランティアは朝の散歩から食事、日光浴、掃除、敷物の洗濯…と食事の間もなくエンドレスに仕事がありました。ほとんどの犬達がおなかを壊していて、敷物はすぐに汚れてしまうし、掃除をしてあげたくてもバリケンから出るのを嫌がる、リードをつけさせてくれない、夜寒いのにテントに入るのを嫌がる、一切ご飯を食べてくれないなど、どの子もストレスを感じているようでしたし、常に飼い主さんを探しているのが痛いほどわかりました。
まもなくシェルターへの保護数が減ってきたのもあり、そちらへ通うのは終わりにしたのですが、その後すぐに始めたのが、当時ワンニャン活動と呼んでいたフード配りです。
フード配り(三陸沿岸の在宅避難者へ)
それまでにドッグスポーツを通じて知り合った全国の方々からフードなどの支援物資を送っていただき、それを積んだ車で三陸沿岸へ通い、自宅でペットの面倒を見ている被災者を、一軒一軒さがしてお届けする活動をしていました。
今でこそ「同行避難」という言葉は一般的になりましたが、2011年当時は概念すら無いに等しく、「ペットは避難所に入れないので自宅に残って面倒をみる」という方が多くいらっしゃいました。避難所にいれば人間だけでも支援物資はもらえるのに、その選択をせず自宅に残って小さな家族の面倒を見ている方々の様子に、とても他人事とは思えず、気が付けば1年以上活動していました。
5月時点では、ただガレキをかき分けたような車道に地盤沈下で海水が流れ込んでいるところも多くあり、余震があったらどこに逃げるか目視で高台を確認しながらの活動でした。徐々に生活道路が整備され、仮設が立ちはじめ、それでもペットに対する支援は少ないため、我々の活動で少しでも安心してもらえるのならと、定期的に訪問し、持参した水で汚れた部位をシャンプーしたり、犬小屋や暑さ対策を設置したりと、ペットと飼い主さんの助けになることならと、なんでもやりました。
東北アジコン!
そして、ワンニャン活動と並行して携わったのが、ドッグスポーツ愛好会主催のチャリティーアジリティコンペ「東北アジコン!」。こちらは東北宮城でアジリティのコンペを開催し、その収益は被災した犬たちのために現地で活動している方々にお渡ししますという趣旨のもと始まったイベントでした。
参加者のほとんどがアジリティ初体験でしたし被災者でした。私も初心者として習いはじめ、お手伝いしているうちに、気がつけば裏方さんとして企画運営に参加していました。コンペは何年も継続開催し、全国の活動家に寄付させていただくことが出来ました。さらにこのコンペから始めたメンバーが、今や色々な大会で賞をもらうまでに成長しています。
そんな活動をしているうちに愛犬たちはシニアになり、ドッグスポーツも引退した愛犬が12歳を過ぎたころ、乳腺に腫瘍を発見してしまいました。腫瘍はまだ小さかったので迷わず手術をしようと病院に預けたその日、術前検査にて右肺にも影を発見。まさかと思いつつ急いでMRI検査をしたところ、こちらも腫瘍の可能性が高いとの診断でした…。
全く予想外の展開に一瞬目の前が真っ暗になり、留守がちな生活がストレスをかけてしまったのではないかと自分を責め、気が付かないあいだに転移したのではないかと後悔しました。
でもすぐに湧いてきた気持ちは、まだ一緒にいたい!苦労をかけた分もっと幸せにしてあげたい!という思いでした。そして多くの資料を読み、不思議な出会いもあり、早期決断で翌週には両腫瘍の摘出手術を行いました。幸い手術は成功し、術後の経過もよく、何事も無かったように再び車中泊を楽しむ生活が戻り、念願の高知にも行くことができました。
そして14歳を迎えたころ、今度は卵巣嚢腫が見つかり手術。そして間もなく前庭疾患も発症していまいました。幸い軽症なのもありましたが、回復期に入ってすぐ県内のキャンプ場へ連れて行きました。
後遺症で、まだ歩くのもままならない状態でしたが新鮮な空気に触れたほうが刺激になるし、もともと日光浴をしたり景色を見るのが好きだったので、気持ちいいだろうと思ったからです。滞在中はずっと他のキャンパーさんを観察している様子でしたが、帰宅後はハイテンションで歩き回り、楽しかったことを全身で教えてくれました。そして、その後もあちこち出かける度にどんどん回復していきました。
それでも、急な気温の変化に弱くなってしまったようで、車中泊の早朝や雨で濡れたあとなどに震えて動かない仕草を見せるようになってきています。シニアだから仕方がないかと思いつつも、突然の雨風や気温の変化もある旅はもう諦めないといけないのかな…
いや、設備の整ったキャンピングカーならいつでも、もっと快適に安心して旅をさせてあげられる!! 駐車場や維持費を考えると簡単に所有するのは難しいけど、レンタルもあるはず…と調べてみました。すると、以前とは違って貸出用のキャンピングカーを保有している会社はあるようでした。
これだ!と思い、さらに詳しく調べたものの、残念ながら東北にはまだキャンピングカーのレンタル台数自体が少なく、ペット可の車両も全国でも数えるほどしかありませんでした。また、ほとんどの会社は一般的なキャンピングカーをペット可としているだけで、動物に配慮した改良はされていないようでした。
・・・。 ならば立ち上げてしまえ!
と、思ったのがきっかけで Wan journey は生まれました。
「犬と旅する生活を皆様と一緒に作りたい!」
「 旅を諦めている方にも、愛犬にも、笑顔をお届けしたい!」
そんな想いで「ペット旅仕様のキャンピングカー・レンタルサービス」を行なっています。
ペットと一緒の旅は楽しさ倍増です。
一緒に旅をした記憶は一生の思い出となり、旅の経験が絆を強めてくれます。
そして、一緒の旅となると車が便利だけど、車両にちょっとした工夫がしてあればもっと快適になるし、安心です。そんなコツや情報も載せたキャンピングカーで旅ができたら皆がハッピーだと思うのです。